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福岡家庭裁判所小倉支部 平成6年(家)1014号 審判

申立人 甲野次郎

相手方 甲野一郎 外1名

利害関係人 甲野夏江 外2名

被相続人 甲野太郎

主文

被相続人甲野太郎所有の系譜、祭具及び墳墓の承継者を申立人甲野次郎と定める。

相手方甲野一郎は、申立人甲野次郎に対し、○○市○○霊園×号地区×号墓地(×・×平方メートル)を明渡し、同墓地上の墳墓及び平成3年12月3日付け○○市長○○○○作成の使用名義人甲野一郎に対する霊園使用許可証(○○戸建管第H×-×××号)を引き渡せ。

理由

第1申立ての要旨

1  被相続人甲野太郎は、昭和54年3月24日死亡し、その相続人(再転相続人を含む)は、前記申立人、相手方ら及び利害関係人らである。

2  被相続人甲野太郎は、生前、その婚姻が3回におよび

(1)  その第1回は、昭和3年1月31日に乙川春子と婚姻し、その間の子として相手方乙山春代をもうけ、昭和4年4月20日に右春子と協議離婚し、

(2)  第2回は、昭和8年7月10日に甲村夏子と婚姻し、その間の子として相手方甲野一郎と利害関係人甲野夏江と当事者外甲山夏代をもうけ、甲村夏子は昭和14年12月17日に死亡した。又当事者外甲山夏代は利害関係人甲山夏夫と婚姻して甲山なつみをもうけ、被相続人死亡後の昭和61年2月18日に死亡した。

(3)  第3回は、昭和36年10月11日に丙川秋子と婚姻し、昭和37年6月12日に妻秋子と共に申立人甲野次郎との養子縁組をし、申立人甲野次郎は同日被相続人の二女である利害関係人甲野夏江と婚姻した。

3  被相続人は、申立人と養子縁組をし、同日申立人と二女夏江が婚姻をするに当たり申立人に対し、被相続人の祖先の祭祀を主宰するものになって祖先の供養をしてもらいたい、そのために被相続人の財産を全て承継させると明言した。

そして、被相続人は、昭和49年4月2日に、その主たる財産を申立人の長男である甲野孫一に遺贈する内容の公正証書遺言をして、実質的に前記祭祀承継者としての申立人に対する約束を実行した。

4  被相続人の残した祭祀財産の主たるものとして、○○市○○霊園×号地区×号墓地(×・×平方メートル)上の墳墓と、その敷地の所有者○○市に対する霊園使用権がある。ところが、相手方甲野一郎は、被相続人の祭祀財産の承継の権限が全くないのにかかわらず、平成3年12月3日に○○市から上記霊園の使用許可を得て(○○戸建管第H×-×××号)、同墳墓とその敷地を占有している。

上記のように申立人は、被相続人から祭祀財産の承継の指定を受けている正当承継人であり、上記墳墓及び霊園の使用権を承継する権限を有する者であるが、○○市都市公園、霊園、駐車場等の設置及び管理に関する条例施行規則に基づいて、申立人から、相手方甲野一郎使用名義の霊園使用許可証を添えて、○○市に申立人名義の霊園許可証の交付申請をしなければ同市より同霊園許可証の交付を受けることが困難なものである。

よって、被相続人甲野太郎所有の系譜、祭具、墳墓の承継者を申立人甲野次郎と指定し、相手方甲野一郎は、申立人甲野次郎に対し、○○市○○霊園×号地区×号墓地(×・×平方メートル)を明渡し、同墓地上の墳墓及び平成3年12月3日付け○○市○○○○発行の使用名義人甲野一郎に対する霊園使用許可証(○○戸建管第H×-×××号)を引き渡せ、との審判を求める。

第2当裁判所の判断

1  本件記録によれば、次の事実を認めることができ、同認定に反する証拠は採用できず、他に同認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  前記申立ての要旨1、2記載の事実。

(2)  被相続人の残した祭祀財産の主たるものとして、○○市○○霊園×号地区×号墓地(×・×平方メートル)上の墳墓と、その敷地の所有者○○市に対する霊園使用権があり、相手方甲野一郎が、平成3年12月3日に○○市から上記霊園の使用許可を得てその許可証(○○戸建管第H×-×××号)を所持し、同墳墓とその敷地を占有している。

(3)  申立人は、昭和37年6月12日に被相続人夫婦との養子縁組をすると同時に被相続人の二女甲野夏江と婚姻するようになったが、その際、被相続人から申立人に対し、「我々夫婦の養子になって、甲野家を継いで欲しい」と言われ、「継ぐ」と言うことは、遺産を相続し、甲野家の先祖代々を供養してもらうことだ、と説明された。又、申立人が被相続人に、被相続人には長男一郎がいるのに何故養子が必要なのかと尋ねたところ、被相続人は、「一郎は自分勝手に商売をしており、あてにならない。」又、「親の面倒をみない、と言って15歳の時に家を出て以来被相続人の家に寄りつかない。自分が養子を迎えることは一郎も承知している。」と答えた。被相続人からこのような説明があったので、申立人は、被相続人夫婦の養子となり、被相続人の氏と同じである「甲野」の氏を称することにした。

又、被相続人は、昭和38年に主文記載の墓地について○○市から霊園使用許可をえてその許可証を交付してもらい、同墓地上の墓石を建て替えた際、申立人に対し、「どうせ次郎達が墓も継ぐのだから」といってその経費50万円の内の一部10万円を負担するように求め、申立人もこれに応じて負担した。

昭和48年に被相続人の居住していた家屋の建替えを行った際、被相続人は、将来の相続のことを考えて、その家屋とその敷地の土地の所有名義を被相続人から申立人夫婦に変更した。更に、昭和49年4月2日に、被相続人は、当時所有していた不動産の全てを、被相続人死亡後申立人の長男孫一に贈与する旨の公正証書遺言書を作成した。

(4)  被相続人は、明治37年12月24日二男として○○市○○で出生し、長兄が早く死亡したため被相続人が家督を相続した。昭和3年春子と婚姻し、春代(昭和3年12月1日生)が出生したが、翌年協議離婚した。春代は被相続人の知人夫婦の養子になり甲野の親族との交流は絶えていた。昭和8年夏子と婚姻し、一郎(昭和9年2月15日生)、夏江(昭和10年11月27日生)、夏代(昭和14年11月15日生)が出生したが、夏子は昭和14年12月に死亡し、夏代は生後間もなく他人の養子となり、甲野の親族との交流は無くなっていた。昭和36年に秋子と婚姻したが、秋子との間には子供は無かった。

申立人は、高校卒業後、△△県警に勤めていたが、生活が健全で、性格が温厚であったので、被相続人は、妻秋子の兄嫁の弟に当たる申立人を非常に気に入り、「是非養子になって娘の婿になってもらいたい」と申し入れた。被相続人と申立人との養子縁組、被相続人の娘夏江と申立人との婚姻の条件等については、前記のとおりである。

被相続人は、昭和20年まで○○製鉄所に勤務した後、○○通運の関連会社に数年勤務した後は無職となり、父から家督相続した都市部の土地約500坪の利用収益で充分生活できていた。被相続人の妻秋子は、昭和50年頃からアルツハイマー病になり○○病院に入院していて、被相続人が死亡した後の昭和55年1月1日に死亡した。被相続人は、昭和53年11月頃から筋肉の痛みを訴えるようになり、○×病院に入院することになった。被相続人は、生活的には、前記の様になんら困ってはいなかったが、精神的な事、体の不調等については、△△県警に勤務していた申立人によく相談していた。被相続人入院中の看護は、申立人が付添婦をして付き添ってもらっており、又、被相続人の姉の子甲野冬子に何かがあれば申立人に連絡するように依頼していた。被相続人は、昭和54年3月24日に病院で死亡した。死亡について、甲野冬子、甲野一郎から申立人に知らされた。その際一郎は、申立人に対し、今まで親孝行らしいことをしていないし、申立人が△△から被相続人の遺体を引き取りにくるには時間がかかるし、それまで遺体を病院に置いておくわけにもいかないから、一郎の自宅に引き取りたい、と申し入れたので、申立人もこれを了承し、遺体は一郎方に移し、喪主を一郎と申立人として葬式は一郎方で執り行った。

(5)  被相続人は、生前に前記のように主文記載の墓地を○○市から借りて使用許可証の交付を受けていたが、申立人は、被相続人から家屋や仏壇等を承継しており、前記墓地、墓石も当然承継しているものと考えており、被相続人の死亡後の昭和54年3月頃、前記墓地の使用名義人を被相続人から申立人に変更しようと考え、○○市役所にその申し入れをしたところ、役所の係員から相続人全員の承諾書が必要である、名義変更には期限はない、と言われたので、申立人は未だ△△県警に勤務していた事でもあり、承継の手続きをしない儘にしていた。ところが相手方一郎は、祖先崇拝の信仰心に厚く、仏壇等は自分独自で購入して祖先の供養等していたものであるが、前記墓地の使用名義人が10年以上も被相続人名義の儘に放置されていたので、申立人にはこれを承継する資格も意思もないものと考え、平成3年12月3日に前記墓地の使用名義人を一郎へと変更する手続きを市役所にしたら、一郎が長男であることもあって、他の相続人の承諾書を提出するまでもなく、市役所から一郎名義の前記霊園使用許可証書が一郎宛に交付された。

申立人は、平成4年に△△県警を定年退職し、平成5年1月に○○市の現在の住所に転居し、すべき事で延ばしていた本件墓地の申立人への承継手続きをしようとしたところ、前記のように既に相手方一郎が同人への承継手続きをしていたことが判明し、本件墓地の正当承継人である申立人への墓地使用許可証の交付を受けるには、○○市都市公園、霊園、駐車場等の設置及び管理に関する条例施行規則第10条、18条により、承継理由を記載した申請書に前使用者の使用許可証及び承継原因を証明する書類を添付して市長に提出しなければならないことが判った。

そこで、申立人は、一郎に対し、申立人が被相続人から祭祀財産の承継の指定を受けているので、本件墓地を明渡し、前記一郎名義の霊園使用許可証を引渡す等して、前記墓地の使用名義人を申立人名義にすることに協力して欲しいと何度となく申し入れたが、一郎は、祭祀は長男である一郎が承継するのが当然である、被相続人が祭祀の承継人を申立人に指定した事実はない、申立人は被相続人の養子になっているが、養子としての義務を果たしていない等の理由で申立人の申し入れを拒否し続けている。

申立人は、止むなく平成5年7月23日に本件審判の申立てをし、本件審判は一度調停に付され、調停期日が3回開かれたが、双方とも従来の主張を固執して合意に達する見込みがなく、調停は不調に終わり、審判手続きに移行した。

(6)  被相続人の最後の住所地地方に於ける民法897条1項本文の被相続人の祭祀を主宰すべき者についての慣習は明らかでない。

2  以上認定の事実を総合すると、被相続人は、生前において、被相続人の祖先の祭祀を主宰すべき者を申立人と指定していたと認めるのが相当である。

ところで、民法897条の解釈として、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者があるときは、家庭裁判所への祭祀財産の承継者の指定を申立てるまでもないものであり、申立ては利益がなく、申立ては不適法とも解釈されうるが、被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者がある場合でも、祭祀財産の承継者の指定の申立があり、被相続人の指定の存否や慣習の存否について当事者間に争いのある限り、家庭裁判所は、被相続人の指定の存否又は慣習の存否について審理をし、指定の内容又は慣習の内容に従って祭祀財産の承継者の指定をする審判をすべきであると解するのが相当である。

よって、被相続人甲野太郎所有の系譜、祭具、墳墓の承継者を申立人甲野次郎と定め、本件墓地を占有している相手方甲野一郎に対し、本件墓地を申立人に明渡し、本件墓地の上の墳墓を占有し、○○市長発行の本件墓地使用許可証を所持している相手方甲野一郎に対し、本件墳墓及び本件墓地使用許可証を申立人に引き渡すよう命ずることとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 大嶋惠)

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